美には魔法が宿る その1

美を語る

先日横浜のれいこさんとお話をしている時
「マキコの美学をもっと深めたり言語化してみてはどうかな?」と言われて、ああそうだったとハッとしたんです。

確かに、私が求めてる「美」は様々な形をしているので、「これです」と限定して言ったことがないなぁと。

そして私が美を語るなんて、とためらっていたのは事実です笑 これ結構大きな理由。

でも、ここ数年美にアンテナを立てて、触れたり、沢山体験してきました。

美しいバラを欠かさず飾ったり、美しいものを愛でたり。
ドレスや和服など装いを楽しむことも、表現にもチャレンジしたなぁ。

そこでわかったこと、私なりに言葉にしてみますね。

美と美意識

「美」は人に活力を与えたり満たす「もの、こと、人、エネルギー」と私は捉えています。

だから人はそばに置きたいし、もっともっとと欲しくなるのかもしれません。

では美はどこにあるかというと、世の中の至るところにあるし、人だけでなく無機物でも有機物にも存在します。

美しい夕暮れ、ヒマラヤ山脈からやってきた輝く鉱石も美しいですが、美味しい料理も、結婚式に最高の状態でいたいと美をブラッシュアップする人も、一生懸命お手伝いをする子供、世界に通用するダンス表現を続けている人も「美しい存在」と私は感じます。

人によっては真理を追究すること、法則を見出すこと、人を思いやる気持ちに美を感じるかもしれません。

そして「自分の中の美」に沿って生きてる人=美意識をもつ人は結構元気なイメージです。我が道進んでいて、あんまりブレも感じないし、何かあってもすぐリカバリーされていますね。

で、美ってなんなん

美とは「人に活力や癒しを与える、もの、こと、存在、エネルギー」と前述しましたが、それらに「美」を見出せるのは人間だけじゃないかと。

ということは「美」とは人間の中にあるもので、小さい時からの「体験」「感動」として積み上げてできた、感性、感覚でもあり知性だ、と思い切っていってみます。

知性とは物事を知り、考え、判断する能力で、自分の生き方の軸にもなりうるもの。
(知識と知性の違いは、本を読んでも積み上げていくことができるのが「知識」、体験を繰り返し選ぶ力を磨くことができるのが「知性」)

私が美、美、美といっているのは美は誇示することでも、所有欲でも、知識でもなく、知性であり自分の選択基準で「豊かさを作る基準」だからかな。おっとを選ぶ基準もメイクするのもドレス着るのもヌードもその結果というか。


美って自分の人生を創っていく上で根幹を担う感覚だと私は確信をもっています。

美を諦めない

しかし、「私には無理」「必要ない」「興味がない」と思ってしまう時もあるよね。

人間だもの、そういう時はそういう時。

かくゆう私もあるのですが、それっきりで諦めるのではなく虎視眈々と時を待ちます。これは美だけでなく「よりよく生きるための法則」でもあるかも。

究極所有ではない「美意識」をもつことで、私たちは物理的なだけでない豊かさも得ることができると考えています。



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